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東京高等裁判所 昭和29年(ネ)116号 判決

控訴人(被告) 国

訴訟代理人 横山茂晴 外一名

被控訴人(原告) 円尾貿易株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、左記の外は、原判決の事実に記載するところと同一であるから、これを引用する。

被控訴代理人は次のように述べた。原判決の事実四の記載中、「本件輸出許可当時の公定相場(official rate )とは昭和二十四年四月二十五日大蔵省告示第二百三十七号により規定された基準外国為替相場対一米ドル三百六十円、対一スターリングポンド千八円であつた。もつとも実際の取扱としては業者は銀行に対し手数料として一米ドルにつき三十六銭、一スターリングポンドにつき一円八厘を支払うことになつていたので、政府は右基準相場からこれを差引き対一米ドル三百五十九円六十四銭、対一スターリングポンド千六円九十九銭二厘を支払つていたから、当時の買相場は右の事実上支払われる金額であつた。しかし右は便宜上政府が銀行手数料を差引いて支払つたにすぎないので、当時の公定相場は右基準相場に他ならなかつたのである。」とあるのは、「本件輸出許可当時の公定外国為替相場(official rate )とは、昭和二四年四月二五日大蔵省告示第二三七号により規定された基準外国為替相場対一米ドル三六〇円、対一スターリングポンド一、〇〇八円であつた。もつとも、実際の取扱としては、業者は一米ドルにつき三五九円六四銭、一スターリングポンドにつき一、〇〇六円九九銭二厘を受け取つていたが、それは、業者が銀行に対し手数料として一米ドルにつき三六銭、一スターリングポンドにつき一円八厘を支払うことになつていたので、業者が政府から受け取るべき一米ドルにつき三六〇円、一スターリングポンドにつき一、〇〇八円のうちから、便宜上右の手数料を差引かれていた結果に過ぎないのであつて、当時の公定外国為替相場は右基準外国為替相場に他ならなかつたのである。」と述べたものである。

〈立証省略〉

理由

一、被控訴会社が昭和二四年一一月二五日パキスタン国カラチの訴外ハジ・アブドル・カリム会社(Haji Abdul Karim & Co,)との間に、同会社に対し綿捺染ポプリン一〇万ヤードを代金一ヤードにつき一七セントで売り渡す旨の売買契約を締結し、同月二八日当時施行中の貿易等臨時措置令(昭和二一年六月一九日勅令第三二八号)、同令施行規則(昭和二一年七月一五日商工、農林、厚生、運輸省令第一号)に基き、大阪通商産業局に対し、右輸出許可を申請し、同日通商産業省の許可(ITE No. IV-JEK 414850 )及び聯合軍最高司令部の承認(SCAP Case No. JXP 414850)があつたので、所要の輸出手続を完了して昭和二五年二月五日神戸出帆のランダウラ号で、前記契約品九万九、九七五ヤード五を輸出し、その代金がアメリカ合衆国通貨一万六、九九五ドル八三五、連合王国通貨六、〇六九スターリングポンド一八シリング九ペンスであつたこと、本件輸出許可当時我が国においては、外国為替を外国為替銀行に売却することが許されず、輸出貿易の決済は、政府が輸出業者に対し輸出代金を円貨で支払う機構になつており、政府は本件の輸出許可に当つても、被控訴会社に対し、本件輸出代金の円貨を本件輸出許可申請が承認された時における公定外国為替相場によつて(at the official rate of exchange effective at the time of validation of this application)支払う旨を約したこと(以下単に本件契約という。)、本件輸出許可申請が承認された時(昭和二四年一一月二八日)における公定外国為替相場が、具体的には、昭和二四年四月二五日大蔵省告示第二三七号(昭和二四年九月二二日大蔵省告示第七〇号により改正されたもの)をもつて、大蔵大臣が外国為替管理法ニ基ク外国為替相場取極ニ関スル省令(昭和一六年大蔵省令第七九号)第一条の規定によつて指定した外国為替相場(以下単に昭和二四年四月二五日大蔵省告示第二三七号の指定外国為替相場という。)すなわちアメリカ合衆国通貨一ドルにつき邦貨三六〇円連合王国通貨一スターリングポンドにつき邦貨一、〇〇八円を指すものであることは、当事者間に争がない。

しからば、政府は本件輸出許可に当り、被控訴会社に対し、本件輸出代金を、一ドルにつき邦貨三六〇円、一スターリングポンドにつき邦貨一、〇〇八円の割合で換算した円貨六一一万八、四九六円四九銭を支払うことを約したものといわなければならない(もつとも、後記のように、本件輸出許可当時の外国為替決済手続の実際においては、輸出業者から本邦銀行を通じて外国為替を買い取つた外国銀行在日支店が連合軍最高司令官の商業勘定(SCAP Commercial Account )に払い込む外貨額は、為替金額からその千分の一に相当する金額を差引いた残額であり、本邦銀行が輸出業者に支払う円貨額は、為替金額に相当する円貨額からその千分の一に相当する金額(但し、その最高額は、一回の船積につき一万円とする。)を差引いた残額であつたが、それらは、いずれも外国銀行在日支店及び本邦銀行がそれぞれの為替取扱手数料を右外貨払い込み又は円貨支払いの際便宜差引いて受け取つた結果に外ならない。又(本邦銀行の為替取扱手数料は輸出業者の負担であつたが)外国銀行在日支店の為替取扱手数料は日本政府の負担とし、政府は、為替金額の全額に相当する円貨額を貿易特別会計から払い出していたのであるから、政府が被控訴会社に対し支払を約した本件輸出代金の円貨額は、前記のように、一ドルにつき三六〇円、一スターリングポンドにつき一、〇〇八円の割合で換算した金額そのものであつたといわなければならない。)。

二、控訴人は、「本件輸出許可(申請)書(SCAP Form IE 234)備考第四項以下の条項は、昭和二四年一二月五日以降は、同日施行された外国為替及び外国貿易管理法(昭和二四年一二月一日法律第二二八号)(以下単に新法という。)による外国為替決済機構の改変によつて死文となり、又新法の規定によつて公定された外国為替相場以外の相場で外国為替を取引することを禁止する新法の強行法規に違反するから、当然に失効した。」といい、本件契約が新法の規定と牴触する限度において、無効になつたものと主張するので、以下この点について判断する。

本件輸出許可当時我が国においては、当時施行されていた外国為替管理法(昭和一六年四月一一日法律第八三号)及び外国為替管理法第一条及昭和二十年勅令第五百七十八号金、銀又ハ白金ノ地金又ハ合金ノ輸入の制限又ハ禁止等ニ関スル件ノ規定ニ依リ金、銀、有価証券等ノ輸出入等ニ関スル金融取引ノ取締ニ関スル件(昭和二〇年一〇月一五日大蔵省令第八八号)等により、外国為替の取引が一般に禁止され、前記のように、輸出業者が外国為替を外国為替銀行に売却して輸出代金を取得することが許されていなかつた。当時施行されていた貿易特別会計法(昭和二四年四月三〇日法律第四一号)、及び成立に争のない甲第三号証(輸出許可(申請)書)(SCAP Form IE 234)によると(なお、貿易庁長官及び通商産業省通商振興局経理部長の「民間輸出貿易決済手続」に関する通牒を参照すると)、輸出入貿易の決済は、連合軍最高司令官が日本政府のため外国銀行に設けた商業勘定(SCAP Commercial Account )で外貨の受払をし、一方日本政府が貿易特別会計を設けて、連合軍最高司令官の商業勘定で受払される外貨額に対応する円貨の受払をする方法で行われていたのであつて、前記のように、輸出業者が受け取るべき輸出代金は、政府が円貨で支払う機構になつていた。なお、その実際の手続は次のようであつた。すなわち、輸出業者は、船積を完了したときは、輸出許可(申請)書記載の輸出品の価格と船荷証券記載の船積数量によつて算出した輸出代金等の外貨額について外国為替を振り出し、信用状の満期までに、本邦銀行を通じて、連合軍最高司令官により外国為替業務を行うことを認可された外国銀行在日支店(以下単に在日外銀という。)に対しその買取方(Negotiation )を依頼する。在日外銀は、外国為替を買い取つたときは、その外貨額を連合軍最高司令官の商業勘定に払い込む(その際便宜在日外銀が受けるべき為替取扱手数料を差引いていた。)本邦銀行は、外国為替が在日外銀によつて買い取られたことを確認したときは、輸出業者に対し、為替金額を輸出許可申請が承認された時における公定外国為替相場で換算した円貨額を支払い(その際便宜本邦銀行が受け取るべき為替取扱手数料を差引いていた。)、一方政府の代行機関である日本銀行に対し、輸出業者に支払つた円貨額の償還払を請求する。日本銀行は、貿易特別会計から右の請求額を払い出して、これを本邦銀行に支払う。以上が当時の民間輸出貿易の決済手続であつた。それ故、政府が、本件輸出許可に当り、被控訴会社に対し、本件輸出代金を本件輸出許可申請が承認された時における公定外国為替相場で換算した円貨額で支払うことを約したのであつて、そのことは、本件輸出許可(申請)書(SCAP Form IE 234)(甲第三号証)に、備考第三項として、「売手は必ず信用状の満期までに、公認在日外銀に対し外国為替を売却(Negotiate )しなければならない」、同第四項として、「日本政府は、この(輸出許可)申請を許可することにより、在日外銀により外国為替が買い取(Negotiate )られたときには、売手に対し円貨を支払うべき責任を負う。〈以下省略〉」、同第六項として、「日本政府から売手えの円貨の支払及び売手から日本政府えの円貨の支払は、すべてこの申請が承認された時における公定外国為替相場による。」と記載されていることによつても明らかである。

しかるところ、以上のような貿易決済機構(以下単に旧貿易決済機構という。)は、昭和二四年一二月一日新法の制定施行により改変されるにいたつた。すなわち、新法は、外国為替管理法及び昭和二〇年大蔵省令第八八号等を廃止すると共に、本邦銀行が(外国銀行も同様)、大蔵大臣の認可を受けて、外国通貨又は外国為替の売買及び信用状の発行等外国為替業務を営むことができることとしたので、輸出業者は外国為替をこの外国為替銀行に売却して、外国為替銀行から直接に輸出代金を円貨で受け取ることとなつた。なお、新法第七条は、「本邦通貨の基準外国為替相場は、すべての取引を通じ単一とし、内閣の承認を得て、大蔵大臣が定める」(第一項)、「大蔵大臣は、各外国通貨について正しい裁定外国為替相場を決定し、維持しなければならない。」(第二項)、「外国為替管理委員会は、大蔵大臣の承認を得て、正当な外国為替取引における外国為替の売相場及び買相場並びに取扱手数料を定めることができる。」(第四項)、「大蔵大臣又は外国為替管理委員会が基準外国為替相場、裁定外国為替相場竝びに外国為替の売相場、買相場及び取扱手数料を定めたときは、何人も、これによらないで取引してはならない。」(第六項)旨を規定し、これらの規定に基き、昭和二四年一二月一日基準外国為替相場が、アメリカ合衆国通貨一ドルにつき本邦通貨三六〇円、裁定外国為替相場が、連合王国通貨一スターリングポンドにつき本邦通貨一、〇〇八円と定められ(昭和二四年一二月一日大蔵省告示第七〇号)、同日外国為替の売相場、買相場及び取扱手数料すなわち外国為替銀行及び両替商の売買相場が、

1  アメリカ合衆国通貨

買相場 一ドルにつき本邦通貨三五八円四五銭

売相場 一ドルにつき本邦通貨三六一円五五銭

2  連合王国通貨

買相場 一スターリングポンドにつき本邦通貨一、〇〇三円六六銭

売相場 一スターリングポンドにつき本邦通貨一、〇一二円三四銭

と定められ、同月五日実施された(昭和二四年一二月一日外国為替管理委員会告示第一号第二項)。

しかしながら、貿易決済機構がこのように改変されたからといつて、控訴人が主張するように、本件契約が効力を失つたものと解することはできない。又新法第七条第六項は、いわゆる強行法規ではあるが、その制定施行前になされた本件契約に遡及して適用すべきものとした法令上の根拠がないのみならず、本件契約にまで遡及して適用しなければならない法理上の根拠もない。なお、本件契約には、特に、政府から被控訴会社に支払われるべき本件輸出代金の円貨換算に用いられる公定外国為替相場は、「本件輸出許可申請が承認された時」における相場であることを定めているのであつて、それは、為替予約制度のなかつた当時において、外国通貨の相場の変動に対する業界の不安を除去して輸出契約の成立を促進するために、政府から輸出業者に支払われるべき輸出代金の円貨は、外国通貨の相場の変動にかかわりなく、「輸出許可申請が承認された時」における公定外国為替相場によるべきことを定めたものであると解されるから、この趣旨からいつて、むしろ新法第七条第六項の規定は、本件契約には適用されないものと解すべきである。

故に、本件契約が新法の規定と牴触する限度において、効力を失つたものとする控訴人の主張は理由がない。

三、控訴人は、「本件輸出許可申請が承認された時における公定外国為替相場すなわち昭和二四年四月二五日大蔵省告示第二三七号の指定外国為替相場は、基準外国為替相場と解すべきところ、新法の規定によつて定められた基準外国為替相場は、右相場と同額であつて、なんら変更がないから、本件輸出代金の円貨の支払には、新法の規定によつて定められた基準外国為替相場に基く昭和二四年一二月一日外国為替管理委員会告示第一号第二項の「外国為替銀行及び両替商の売買相場」が適用されるべき旨主張するのであるが、前記のように、政府は、被控訴会社に対し、本件輸出代金を本件輸出許可申請が承認された時における公定外国為替相場、すなわち昭和二四年四月二五日大蔵省告示第二三七号の指定外国為替相場で換算した円貨で支払うことを約したのである。そうである以上、昭和二四年四月二五日大蔵省告示第二三七号の指定外国為替相場が、新法第七条に規定する基準外国為替相場に相当するものとも解され、且つ、それと同額であるとしても、それだからといつて、外国為替銀行による外国為替の売買が認められなかつた旧貿易決済機構の下において、政府が被控訴会社に支払うことを約した本件輸出代金の円貨が、本件契約に定める昭和二四年四月二五日大蔵省告示第二三七号の指定外国為替相場によらないで、右基準外国為替相場に基く昭和二四年一二月一日外国為替管理委員会告示第一号第二項の「外国為替銀行及び両替商の売買相場」によつて、換算されるべきものとすることはできない。控訴人のこの点に関する主張も理由がない。

四、被控訴会社が、昭和二五年二月一三日外国為替銀行である大和銀行大阪支店から本件輸出為替代金として六〇九万二、一五三円四七銭を受け取つたことは、当事者間に争がなく、この事実によると、被控訴会社が本件輸出許可(申請)書備考第三項に従つて、本件輸出代金につき振り出した外国為替を右外国為替銀行(同銀行は、新貿易決済機構の下においては、右備考第三項にいわゆる在日外銀に相当するものと解される。)に売却(Negotiate )したものと認められるから、当事者双方のその余の主張について判断するまでもなく、控訴人は本件契約により、被控訴会社に対しアメリカ合衆国通貨一万六、九九五ドル八三五、連合王国通貨六、〇六九スターリングポンド一八シリング九ペンスを、昭和二四年四月二五日大蔵省告示第二三七号の指定外国為替相場、一ドルにつき三六〇円、一スターリングポンドにつき一、〇〇八円の割合で換算した円貨六一一万八、四九六円四九銭を支払うべき義務あるものといわなければならない。故に、被控訴会社が、控訴人に対し、前記六一一万八、四九六円四九銭から既に受け取つた輸出代金六〇九万二、一五三円四七銭を差引いた残金二万六、三四三円〇二銭のうち二万〇、二二五円〇三銭及びこれに対する本訴状送達の日の翌日であること記録上明らかである昭和二六年三月二四日から完済にいたるまで法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は、正当として認容すべきである。

五、よつて、これと同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 角村克己 菊池庚子三 吉田豊)

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